
はいこんにちは。おともだち内閣食物担当大臣の唐獅子マスヨでございます。
今日は、ワタクシ唐獅子マスヨの根幹を担う思想「寿司論」を展開いたします。ついに・・・、このときがきた!
ちなみに言っておくと、ワタクシもちろん寿司を握ったことはないですし、高級料亭でいただいたこともないですし、庶民にも手が届くスーパーに売っているお寿司で大概満足できる人間です。ですが、ワタクシなりに寿司にかける情熱というものは人一倍強いものをもっております。
さて、ここ数年、いや数十年好きな食べ物ランキングダントツ1位をひた走っている寿司、でございますが、そもそも好きな食べ物とはどのようにして決まるのでしょうか。実は私ども食物庁が好きな食べ物ランキング算出アルゴリズムの研究をしています。素人が何も考えずに好きな食べ物に優劣をつけようとすると、不公平さを内包してしまう危険性があるのです。
まずは下図をご覧ください。
- 寿司
- 天ぷら
- うな重
- カレー
- キャラメルコーン
- おせち
- 牡蠣フライ
- サンドイッチ
唐獅子マスヨ好きな食べ物ランキング:2009/12/02現在
不公平さとは、何が言いたいのかと言うと、食べ物の好き具合を「おせち」と「キャラメルコーン」で比較するのはおかしいということです。これは、「野菜」と「コーンポタージュ」を比較しているようなものです。もっと言えば、「和食」と「ナポリタン」が同じ土俵でたたかっているのです。
これに関して言えば、ワタクシ小さいころ「青じその天ぷら」が好きな食べ物ランキング最上位だったころがありました。これを例にとって、歴史をまたいで暫定1位の「寿司」と比べてみると、もし仮に当時の「青じその天ぷら」の好き度と現在の「寿司」の好き度が拮抗するのであれば、「青じその天ぷら」の方がポイントが高いはずだと言うことができます。
なぜなら、ふつうの青じそはそこまで好きではないのに天ぷらにした途端食べ物界の頂点に君臨する、または、えびやその他の天ぷらにはそこまで興味を示さないのに青じそに関しては別格のうまさがある、といったところにヒトの好みへの秘密があると考えられるからです。青じそでかつ、天ぷらでなくてはいけないという確固たる主張。つまり、好きな食べ物を考えるときには、その食べ物の抽象度が問題となってくるのです。
昔ワタクシの友人に、「好きな食べ物・うまいもの」とプロフィールに書いているやつがおりました。こうなると元も子もないですね。「好きな食べ物・好きなもの」だってありえる。ですから、「うまいもの」と「メロンパンのかたい部分」というこたえ方では、後者の方がより熱意が大きいだろう、つまり具体的な方がより好きだろうという推論が成り立つわけです。言いかえれば、一義的に解釈できる名称の方が好き度が強いということです。
ですから、そう言った意味で寿司はあまりに抽象度が高すぎます。巻き寿司はどうなのか、ちらし寿司は、いなり寿司でもいいのか、という批判が当然噴出するでしょう。
ワタクシもこの問題に関しては十分認識していますし、常々これじゃあいけないなぁというふうに考えているのです。ですがそれでも、うんヶ月ぶりに寿司屋に足を運んだときの心の高揚、寿司と言う響きがワタクシのアニマに働きかける様子を感じていますと、ついつい好きな食べ物・寿司と抽象的にする誘惑に負けてしまうのであります。
寿司ネタにまで切り込んで、好きな食べ物ランキングを再構成することもできるのですが、そうするとベスト8なんて大半が寿司で埋め尽くされることになりかねません。こうなってしまうことがつまらないし、何もワタクシは寿司屋に行って、これが食べたいと明確にイメージしているわけではなく、寿司屋に行くこと自体が享楽になっているのです。
おっと、いくぶん言い訳的になってしまいました。
次に私たちが考えるべきことは、食材の数です。
たとえば、「茄子」と「海鮮ちゃんぽん」を比較してみましょう。これらはどちらともその名前を聞いて一意に食べ物をイメージすることができますので具体的だと言うことができます。
けれども、この2つの食べ物は性質が本質的に異なります。「茄子」は野菜そのものですが、「海鮮ちゃんぽん」だと、麺・スープのほか、キャベツ・あさり・えび・かまぼこ・ニンジンなどの様々な食材を必要とします。さらに、煮込む・炒める・ゆでるなどのコストがかかるのも特徴です。その点で、茄子の場合は非常にシンプルです。このようなケースで、茄子は海鮮ちゃんぽんよりもプリミティブであるとう言い方をします。
その食べ物がプリミティブであるためには、食材の数だけが問題になるわけではありません。たとえば、誰が作ったか、などの情報が加味されることがしばしばあります。
たとえば、「コーヒー」と「スタバのコーヒー」では、ふつうのコーヒーの方がプリミティブであると言えるのです。これは一見屁理屈な議論のように思えるかもしれませんが、どこで食べたか、誰と食べたか、いつ食べたか、などの情報は好きな食べ物をはかるうえで非常に重要な指標だと言えます。決してあなどってよいものではありません。
ですから、「おばあちゃんが作ったおしるこ」と「いちご大福」では単純比較ができないということになります。そこで優位差をつける仕組みが必要となります。
これはプリミティブ度ともよばれますが、一般的に汎用性という言い方をします。こちらの方が初心者にはわかりやすいのではないかと思います。汎用性、すなわち、いかにその食べ物を一般化できるかという指標です。
さて、ここで問題です。
汎用性が高ければ、その食べ物の好き度はより大きいと言えるか否か。
実は、この問題に関しては専門家の間でも議論が分かれるのです。
その答えについては次回をお楽しみに。
マスヨさん非モテについて書いて
あら、やだわ。非モテについて書いてですって。
さもワタクシが非モテみたいな言いぶりじゃない。ワタクシに頼むのはお門違いですわ。
ですけど、記事のリクエストなどは常時お待ちしております。
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