
「おいけのまわりにお花がさいたよ、つめたろう」
総務大臣の歌川つめたろうでございます。本日は、これまたポエムとかそういう茶番はやめて、私どもの主張をストレートに申します。
今回のテーマは、おともだち内閣思想の根底に横たわるものです。
本来ここんところをはっきりさせてから、様々な細かい政策等に関していちゃもんつけるべきでしたが、なんだかそれ言っちゃおしまいみたいな気がしててもったいぶってたんでございます。でも、この際洗いざらい吐き出しちゃお!てへっ!
まずですね、みなさんが知りたくて知りたくてしようがない問題、「この宇宙って何?」について明快な答えをさしあげましょう。
そのこたえは、「わからない。」です。
「わからない。」とは、考えるのを放棄したのではありません。「わからない。」こそが唯一のこたえなのです。
あなどるなかれ。「わからない世の中」にこそ、我々が生きる上でのヒントがあるんですよ。
「我々が月を見ていないとき、月は存在するのか。」
さて、こんな阿呆なことを言い出したやつがいます。
月を見てようが見てまいが、そんなことに関係なく存在するだろ!これが自然な考えですよね。
でも実は、月のお話は哲学界から提出された問題じゃないんですよ。極めて科学的な問題だったんです。
科学的に言えば、もちろん月は存在してます。けれど、ミクロの世界では「月を見ていないとき、月は存在しないんじゃね?」という現象が起こるのです。
量子論とよばれるのがそれです。かの天才シュレーディンガーですら、これを受け入れられず、泣きべそかいて家を飛び出したほどです。アインシュタインも量子の不可解さに発狂してピンポンダッシュを繰り返したことはご存知の通りです。
シュレーディンガーの猫 -EMANの物理学
このあたりの事情に詳しくない方は、EMANの物理学を参照あれ。素晴らしいサイトです。
量子力学の流れを辿ると、不確定性原理というものにぶち当たります。
そう、まさにこの不確定性原理のおかげで数々の偉大な科学者達が涙し、引きこもり、天を仰いだのです。
不確定性原理は簡単に言えば、粒子の位置と速度を厳密に同時観測することができないという原理です。これは測定に際しての誤差から生まれるジレンマです。
たとえば、走っている人間の速度と位置を同時に調べてみましょう。
速度を正確に知りたいならばある程度の距離をもうけて測定すべきです。なぜなら、1mの区間でストップウォッチをスタート&ストップしていては、測定に誤差が出まくってしまうでしょう。その点50mくらい余裕をもたせれば、ストップウォッチのスイッチを押すときの誤差は無視できるほどになります。
しかし、これで得られた速度は50mという区間の平均の速さです。したがって、ランナーの存在する位置は厳密に決定できず、50mという幅をもってしまうのです。
これを解決するには、区間を狭めればいいのです。10m区間、5m区間、1m区間と距離を縮めることで、正確な位置を特定できます。しかし前述のように、こうすると速度の誤差が大きくなるという堂々巡りにはまるのです。
もちろん、ストップウォッチではなく、もっと精密な機器を使えば位置も速度も厳密に特定できます。しかし量子級のミクロな世界となると、どれだけ測定の精度をあげようと思っても、「光」という限界が現れてしまうんですねぇ。これが不確定性原理です。
つまり、超ミクロな世界がどうなってるのか人間は厳密に測定できない。これが量子力学の基本なんです。
不確定性原理とは、つまり人間が知り得ない世界があるということが物理学の世界から証明された、衝撃的な理論だったのです。
今回はここらへんでおひらきにしましょうか。
次回は、「この宇宙が何ものか、人間には分からない。」
こんな空虚なことを何故私どもが必死こいて説明するのか、も少し詳しく掘り下げていきます。
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[...] デモって非効率じゃない?、という発想は頼むからやめてほしいのです。人生に効率をもとめるんなら、生きてなくてもいい、死んだ方が一番効率的なのです。思い出主義者にとってはプロセスこそが「生」。このプロセスを排除する「効率」というものは(仕事場ではもちろん大事でしょうが)、生きる上では障害になると言いたいのです。 (詳しくは、「人は死ぬから、心が豊か」を参照。) [...]