
どうもこんにちは。食物担当大臣の唐獅子マスヨです。
ただいま食べ物担当庁が総力を結集する「寿司論」講座を複数回に渡って展開中でございます。
寿司論其の一 序論「抽象度と汎用性」
寿司論其の二 序論「抽象度と汎用性2」
本日もまた前回の引き続き、食べ物の好き度を客観的にはじきだすためのアルゴリズム研究です。
今回は、「稀少性」と自我同一性がテーマとなります。
前回までのおさらいをさらっとやっておくと、食べ物の好き度は抽象度と汎用性に対して以下のような性質を持つということを述べました。

もしこれらの食べ物の主観的おいしさが同値であった場合、この図を見ると、具体的かつ汎用的なホットケーキミックスが一番好きなのだろうという推論がなりたちます。
この図から分かることは、「炭火焼肉が好き」と単に言っても、大したアピールにならないということです。なぜなら、炭火焼肉が現れる料理は炭火焼肉か、もしくは炭火焼肉コースくらいしかありえません(汎用性が低い)。一方ホットケーキミックスを使った食べ物はいろいろありますので、それだけ多くの食べ物が守備範囲内にあるということですから。
この点に着目して、議論は次の段階に進みます。
「柿ピー」と「ウェイパー(調味料)」の例で考えてみましょう。この2商品を汎用性で比較すると、柿ピーは柿ピーでしかありませんね。汎用性は著しく低いと言えるでしょう。対してウェイパーは何にでも使えておいしい調味料ですので、汎用性はトップクラスと言えるかもしれません。
勘の鋭い読者は察したかも分かりませんが、汎用性とはそもそもその食べ物が他の食べ物の中にどのくらいの割合で使われるか、その出現確率を示すものでした。ですが、私たちの普段の生活の中でそれぞれの食べ物に同じ確率で出会うわけではありません。
被験者が食べ物に出会う確率、つまり希少性を考えることが必要だということです。
ウェイパーはたしかに多くの料理から被リンクを受け取ることができるでしょう。しかし、ウェイパーはただでさえ高価ですし、私たちがウェイパーを使った料理を食べることは少ないのです。その点、柿ピーはもはや国民的おやつ、つまみの一つであり、私たちの口に、目にふれる確率は格段に高いのです。

ですから、あくまでヒト目線で見るとするなら、ウェイパーや牡蠣は幅広くあみをはっているにも関わらず、それ自体の希少性が相対的に高いため現実に生活していてもあみにかからないのです。
これらの思考実験」から分かることは、希少性が高ければ高いほど、あみにひっかかる確率が格段に落ちるため、好き度は下がるということです。
どうしても現代のこどもたちは、キャビアやフォアグラの方が好き度が高いと思いがちです。
しかし、真実はそうではない。滅多に食べられないものをおいしいと感じるのはあたりまえなのです。そうではなくて、いつでも食べられるような、たとえば食パンにバターと砂糖を塗って、二年以上もおいしいおいしいと言って食べ続けた私の方が好き度が高いと言えるのです。
人間は飽きる生き物だということを肝に命じておく必要があります。最後まで飽きなかった食べ物が、あなたの好きな食べ物なのです!
これがフンボルト元事務総長が提唱した「希少性の相反原理」です。
さて、希少性を言及したならば、それは市場価値をぬきにして語れるものではないということが真っ先に分かることでしょう。実はこの市場価値なるものが、さらに次の段階、「自我同一性」に関する議論を巻き起こします。
詳しくはまた次回。




